【オーバーワークに悲鳴】ブラック企業の仕事と、退職した経験


キリッ

ここでは、ブラック企業に勤めた方の体験談をご紹介します。

仕事に行きたくない時に読むと、自分が恵まれているかのような錯覚に陥ることができて、やる気が出ると思います…。

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【オーバーワークに悲鳴】ブラック企業の仕事と、退職した経験

【オーバーワークに悲鳴】ブラック企業の仕事と退職した経験


 S.Sさん(男性)、30代後半、建設業 

失業中に出会ってしまったブラック企業

私は建設業界で設備関連の技術系エンジニアをしています。この業界で15年ほど働いていますが、その間に何度か転職を経験しました。最初のうちは、どんどんとキャリアアップをしながらの転職だったのですが、ここ5年ほどはリストラ解雇・失業保険生活・そして再就職、というサイクルを2回繰り返しています。そのうち前回勤めていた企業というのが、恐ろしいまでにブラックな企業でした。

それは4年前、二つ前の職場から解雇された際のことです。いきなりの解雇の通知に私はとまどっていました。折しも、幼い子どもの成長に合わせて広い中古マンションを買ったばかりの頃で、妻と二人で途方に暮れていました。私はかなり田舎の地方都市に住んでおり、首都圏に比べると求職数は段違いに少ないのです。失業保険も出ることは出たのですが、買ってリノベーションをしたばかりの住宅を売り、また別の町へ引っ越して一からやり直すのかと思うとげんなりしていました。そこへ、N氏という若い社長から連絡があったのです。

どうしてあの時、踏みとどまれなかったのか

彼は私よりも若かったのですが、同業の父親から近年のれんわけをされたという事で、地域に特化した工事を請け負う会社を経営していました。まず、その業種・仕事内容がまさに私の専門分野であったこと、そして数か月間の失業の後に初めて手ごたえを感じた面接内容であったこと、そして何より、引っ越しをせずに済ませられる…ということで私は一も二もなく飛びついたのです。

今から思い返せば、本当にその部分で自分は過失を犯したのだと思っています。もう少し、この社長の人となり・そして会社の業績について、自分でリサーチをするべきでした。少なくとも、明らかにおかしいだろうと匂わせるふしはいくらでもあったのです。しかしその時、私は家族の姿を思い浮かべて、「もう自分にはこれしかない、自分は崖っぷちにいるのだ!」と思い、雇用契約を結んでしまったのでした。

そうして意気揚々と出社し、勤務すること1週間。明るみに出てきたものを、私は必死で見ないふりをしようとしたのです。

ブラック企業だと気づいた過程

社長N氏は、実際には何の専門資格も持っていません。父親は隣町で同業の会社を営んでおり、こちらは現場からのたたき上げです。が、息子はそれを学ばず、ただ権力を振りかざしているだけでした。ただ、ひどく客あしらいが上手く、口が回るので仕事はいくらでも入ってきます。

明らかにオーバーワークなのですが、あとは社員をこき使うだけ。7時前に出社して、帰りは10時が当たり前です。もちろん残業代など出ることはありません。勤務中は、15分ほどの昼休憩しか認められず、トイレに行くのも滞りがちで、女性の派遣社員たちは、膀胱炎を患っている人もいるようでした。

また、その若い派遣社員に、社長は抜かりなくセクハラを実施しています。というよりモラハラでしょうか、性的な表現をからめて相手を侮蔑しているのです。見かねて社長にそっと注意をした所、今度は私がパワハラ路線で村八分にされるようになってしまいました。

仕事がオーバーワークのブラック企業と気付いた過程

そして一番耐えかねたのが、現場への理解のなさです。私の仕事はほぼデスクワークで、工事現場へは週に2回ほど出向くだけでしたが、そのたびに工事に携わる作業員たちから数々の嘆願を聞かされました。最低限の安全備品しか支給されず、あとは自腹を切ることを無理強いさせられていたのです。かく言う私自身、会社のひどい備品には耐えられず、自腹でセキュリティブーツなど一式を購入していました。

この現場の人たちもまた、オーバーワークです。シフトなど完全無視で、ほぼ休みなしに働かされていました。それでも給与は驚くべき低さで、私は次第に彼ら寄りの感情を持つようになりました。「これは完全なブラック企業じゃないか!」。自分の中で沸き起こる義憤の叫びを、どうにか押しとどめていたのです。自分がその企業に属している、ということが嫌でたまらなくなってもきました。

ブラック企業を退職

現場の酷い状況についてはN氏に何度も進言を繰り返していたのですが、それが通ることは全くないままに3年間が過ぎて行きました。気が付くと、私が入社時にいた社員たちは全員が退職したり解雇されたりで、顔ぶれは完全に変わっていました。

そして業界全体への不振の影響が濃くなった頃、突然N氏が「お前、辞めろ」と切り出したのです。全く身に覚えのない、いくつかの不手際を次々に並べ立てて「責任を取れ」と言われました。呆れて物が言えず、そのまま黙って退社しました。それまで耐えてきた緊張の糸が、ぷつんと切れた気がしてこまかい事はあまりよく覚えていません。

いくつかの書類仕事の後、私は晴れて「正式に」失業しました。またしても失業か、と思うと気持ちは落ち込みましたが、どこかで自分の体からこのブラック企業の膿が出て行くような…、そんな安堵があったのも確かです。

幸運なことに、今回はあまり間を置かず、私は地元の別企業で職を得ました。同業なので、クライアントや下請け企業の顔見知りなどに会う機会が多いです。そのたびに、「あなた、あんな所(前のブラック企業)でよく4年も耐えましたよね。それにしても復活されて本当に良かった」という風に言われます。

周囲の業者たちからもこんな風に悪評しかないブラック企業。抜け出せて本当に良かったととりあえず今は思っています。

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