サビ残・パワハラ有のブラック企業 | うつ病で傷病手当を受給後に退職

サビ残・パワハラ有のブラック企業の体験談

ブラック企業に勤めた方の体験談をご紹介します。

ハンバーガー作るのって大変なんですね…。

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サビ残・パワハラ有のブラック企業 | うつ病で傷病手当を受給後に退職

サビ残・パワハラ有のブラック企業 | うつ病で傷病手当を受給後に退職


 M.Hさん(女性)、30代、ファーストフード店員 

とにかく職場の拘束時間が長い

私が勤めていたお店は、駅から近いファーストフード店で、営業時間が6時半から24時まででした。

仕事内容は、店内と店の周りの掃除・開店準備(ハンバーガー用のパンを焼く、肉を焼く、野菜を洗う・切る、ドリンクサーバーのチェック、フライ系商品を揚げる、デザート商品を準備する)・レジ金管理・売り上げ確認・発注管理・シフト管理・アルバイト教育・衛生管理・セットメニュー付属のノベルティ管理・勤怠管理・店の補修作業・閉店業務(売上金管理、日報の記入、売り上げ目標達成率の報告、店内機器の清掃)・ゴミ出しなどです。

通常社員は2名で早番(5時半~)と遅番(16時~)のシフトで交代制にしていますが、実際は2人では充分に手が回らず、毎日4、5時間程度サービス残業です。会社にいる時間はだいたい15、16時間くらいでした。

下っ端社員は上司のいうことにNOと言えない

入社後1か月は正規のシフト時間で勤務していましたが、2か月間からは新しい業務を学ぶという名目で、サビ残が増えました。不満が顔に出ていたのか「文句があるなら勤務時間内に終わらせたらいいだろう。」と、暗に仕事ができないお前が悪いという雰囲気でした。幸い私は勤務地から家が近かったので、毎日家に帰れましたが、上司は家に3日位帰らず車で寝泊まりするのが日常でした。


サビ残の増加の休日の減少


勤務シフトに関しては基本的に自由はなく、上司の決めたものに従うだけです。アルバイトやパートさんも、基本的にそうでした。学校行事や冠婚葬祭を理由に休みを申請することも、容易ではありませんでした。他の店舗で「結婚式に出席したいので休みを欲しい」といった同期は、上司から「今回は無理だから諦めろ」と言われ、本社人事部へ抗議の連絡をして休暇を取りましたが、後日社員としての資質不足だと陰口を言われてました。

上司に意見すると、他の店舗にまで話が広がり、あることないこと噂されます。「上司に逆らうとお前たちもこうなる」と言われているようで、窮屈でした。

週1度の休みがもらえないのに、給与はそのまま

毎日15時間会社で拘束され、休みは10日に1回程度でした。明らかに違法なのに、本社人事に訴えることはできませんでした。なぜなら私が人事に訴えれば、上司は「人件費の使い過ぎ」と評価が落ちてしまい、そのようなことをする社員を周りの店舗責任者たちも絶対に許さないからです。

なかには残業代を正当に払ってもらうために、会社相手に訴訟を起こした社員もいましたが、上司は「そういう残業の証拠になるものを、俺は残さない(だから訴えても無駄)」と言ってましたので、耐えるしかないと感じていました。

そのような働き方を続けて半年すると、体に異常が見られました。まず、トイレに自由に行けない職場だったので、出血性膀胱炎になりました。その頃の上司は「忙しくても俺の休憩時間を邪魔するな」と言い、店舗にほぼ不在でしたのでなかなか病院へも行けませんでした。

次に、背中と肩の激痛、めまい、動悸、吐き気、食欲不振、不眠などの症状と情緒が不安定になりました。会社へ行くことができず、一日無断欠勤をして心療内科へ行きました。診断は「重度のうつ病」でした。

病院でうつ病と診断される

傷病手当の申請時の一言が、進退を決めるきっかけに

ブラック企業だなと一番感じた出来事です。心療内科で「重度のうつ病」と診断され、上司にしばらく休みたいと連絡しました。結果は予想通り「明日から出社してこい」とのことでした。

その頃すでに会社はおろか、自分自身もどうでもいいと投げやりになっていたので、「病院から診断書が出てます。会社にはいけません」と返事をしましたが、上司はとにかく一度出社して話そうとのことでした。診断書を持って出社し、顔をあわせた一言目が「迷惑かけやがって」という言葉でした。そのあとは「うつ病なんて信じられるか!どうせ何か嫌なことがあって、そんなこと言ってるんだろう」という内容を30分近く言われ、何度も罵声を浴び、責められました。

結局、無言で立ったままの私を見てどうしようもないと諦めたのか、1週間だけ休暇をもらえました。その後も出勤できずに自宅療養をし、半年の間傷病手当を受給しました。1年程度は傷病手当の受給ができる予定でしたが、電話で上司から退職を強く勧められました。「休んでるくせに会社から金もらうなんて、いい身分だな」と言われ、退職しようと思いました。

あの時に労働局へ訴えていれば、もう少し労働環境が改善されたかもしれないと思いますが、当時はそのような知識もなかったので、退職することでしか解決できませんでした。今思うと、うつ病になるまで我慢していた自分が馬鹿馬鹿しくなってきます。

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