ブラック企業の営業職の嫌な思い出 | 直接暴力は振るわれないけど…

直接暴力は振るわれないけど…ブラック企業営業職

ブラック企業に勤めた方の体験談をご紹介します。

今回のはそもそも仕事内容から怪しい感じです。何でこの会社に入ったの?という疑問がわきますが、きっと外見上は分からないんでしょうね…^^;

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ブラック企業の営業職の嫌な思い出 | 直接暴力は振るわれないけど…

ブラック企業の営業職の嫌な思い出 | 直接暴力は振るわれないけど


 K.Tさん(男性)、30代、広告代理店 

勤め先はブラック企業。扱う商材も…

私が勤務したブラック企業は広告代理店でした。仕事内容は、法人や個人事業主を対象とした広告枠の販売や仕入れを行う営業です。ただ、通常の営業職よりノルマがきつく、1件も契約を取れなかった場合は「契約が取れるまで帰ってくるな」と言われ、朝の4時や5時まで繁華街を飛び込み営業して回るのは日常茶飯事でした。それ以外にも早朝に出勤してオフィスの清掃や、上司のタバコや飲料を買ってくるのも通常の業務に含まれているといった、前時代的な体質が残っているのが特徴的でした。

当時メインで取り扱っていた商材はメール広告(いわゆるスパムメール)でしたので、取引先も、出会い系、風俗関連、開運グッズ、探偵業などで、中身も正直限りなくブラックに近いグレーでした。印象的だったのは、多くの取引先が一定期間で会社をたたんで住所と社名を変えるのですが、実際に働いている方、特に経営者の方は同じ人物であるという点でした。

労働基準法を建前でしか守る気がないのがブラック企業

勤務時間が尋常ではなかったと事と、時間外手当が絶対に払われることがないことが特徴でした。実際は朝8時には出勤してオフィスの清掃をして9時から就業開始。早ければ24時か翌1時には帰ることができるのですが、終電が出てしまった後なので、なんだかんだ理由をつけて事務処理をさせられたり、契約が取れるまで飛び込み営業を繰り返したりして、大抵は4時や5時になるのが当たり前です。

労働基準法を守らないブラック企業の営業職

ですが、勤怠管理用の打刻システムが極端な仕様をしており、退勤時刻は何時に打刻しても自動的に18時で打刻されるので、正確な勤務時間が打刻されることはありません。なので遅刻の際は容赦なく給料を引かれるのですが、いくら残業しても時間外手当が支払われることはありません。

また、土曜はサービス出勤日と決まっており、この時点で法定休日の週1回の4日と8時間×5日=40時間で取得できる法定外休日4日の合計月8日を割り込んでいました。さらにいえば、祝日や元旦なども出勤が義務付けられていたので4日すら休めないこともしばしばでした。当然、まともな勤務時間ではないので自宅に帰れる日はほとんど無く、シャワー付きのマンガ喫茶に寝泊りするのが日常でした。

直接暴力を振るわれるようなことはありませんでしたが…

自らのブラックさを自覚しているブラック企業ほど、直接的な暴力行為や、暴言を使用することはありません。それらの代わりに使用されるのは、大声で怒鳴る・机を殴る蹴る等をして大きな音を立てる、電話機を床に投げつけて壊すといった威嚇行為や、何時間も社訓を大声で読み上げさせられるなどの行為です。

また、社訓の読み上げと同時に使用された手段が、管理職の社員の前に平社員が集合させられ、今迄で一番辛かったことや失敗したことなどの体験談を皆の前で一人ひとり告白されることです。そして、そんな失敗をしたのはお前の判断が悪い、お前のしてきたことが悪い、能力を磨く努力や機会を生かす努力をしてこなかったお前の人生が無駄そのものだったと、徹底的にそれまでの行動や人格を否定され泣く人もでてきます。

その後は決まって、自分もそうだったけれど今じゃこんなに稼げている。自分たちの仕事は社会的には悪かもしれないけど金さえ稼げれば正義だから、お前らも頑張って稼げるようになれと持ち上げて奮起を促します。正直、今思い返してみても宗教か悪質な自己啓発セミナーのようでした。

直接暴力は振るわないブラック企業の営業職

一番の対策は1日も早くブラック企業を辞めることです

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」などという言葉がありますが、ブラック企業での就労経験はなんのプラスにもなりません。心にも体にも深い傷を負うことになります。過去にそんな辛い経験をしたならば、次に同じような経験をしても耐えられるだろうというのは、実際に心身を壊すまで追い詰められたことのない人間の理想論でしかありません。逆に傷があるから耐えられないのです。

むしろブラック企業に勤めていた経歴があだとなり、まともな企業ならば面接の際に何故そんな会社に就業してしまったのかと理由を問い詰められます。逆に同様のブラック企業からはカモとして認識されるのか、応募もしていないのに手を変え品を変え様々なアプローチが続きます。

私の場合は、1日か2日で辞めてしまう退職者が相次いだことや、引止めを強く断ることができずに辞め時を失い、ズルズルと働き続けてしまいました。その後、過労からくる急性腎炎になり血尿が出て入院することになったことを契機に、なんとか退職することができましたが、年数経った今でも嫌な思い出を時々思い出します。

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