クレーム対応部署でうつ気味に… | 出世を捨てて異動を懇願した経験

クレーム対応部署での仕事でうつ気味になった体験談

クレーム対応部署での半うつ体験談をご紹介します。

自分に合わない部署でうつ病になるくらいだったら、上司に「異動できないなら辞める」と交渉するのもアリかもしれませんね。一度の決断が人生を左右することもあると思います。

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クレーム対応部署でうつ気味に… | 出世を捨てて異動を懇願した経験

クレーム対応部署でうつ気味に… | 出世を捨てて異動を懇願した経験

 S.Kさん(男性)、30代、会社員 

入社10年目にしてクレーム対応の部署へ異動

私はとある製造業の会社で働いています。大学を卒業してから10年以上が経過して、長続きしないと思っていた性格ながら随分と続いているものだなと自分に感心したりしています。

そんな会社員人生も、もちろん平坦ではありませんでした。入社当初は営業部へ配属され、日中から夕方まで忙しく顧客のもとを訪問する日々。しかしながらルート営業ということと、それなりに人と接することが好きだった性格もあって、本当に楽しく働けていました。その時点では、恐らく自分はこのまま営業部で働き続けるのだろうなと思っていたわけですが、辞令は入社10年目の時に突然やってきました。

クレーム対応の部署。そこが次の私が行くべき部署でした。もっとも、それは予想をしていなかったわけではありません。私の会社では、製造業ということもあってユーザーの声を大切にしたいという思いがあるのです。そのため、ある程度のキャリアを積んだら、いわゆる登竜門的な位置付けでこの部署に数年間在籍することになるのです。

自分は認められているのだと喜んだのも束の間

クレーム対応部署への異動を告げられた時、私は出世街道に乗っているのだと感じ、嬉しくてたまりませんでした。もちろん、そこで数年間経験を積み、また営業に戻って地方の営業所の所長、そして支店の支店長とキャリアアップをさせていくという青写真を描いていたのです。

ところが、実際にクレーム対応をするようになってからは一気にトーンダウンをしてしまうのです。何故なら、とにかくユーザーのクレームが想像以上に凄まじいからです。クレームは基本的に電話で受け付けていたのですが、まず間違いなく開口一番は怒りの口調で話しかけてきます。ごく稀に温厚な感じの人もいるのですが、扱っているのが建設機器や電動工具ということもあって、そういった業界の方々が多かったのも要因かもしれません。

クレーム対応部署での仕事でうつ気味になった経験談

また、こうした製品は決して安いものではありませんので、ひとたび不具合が発生すれば火に油を注いだかのような、まさに烈火の如き怒りといった感じで電話をかけてくるのです。そんな電話に延々と対応をしていくうちに、「自分は何という物を販売してしまっていたのだろう」「自分はダメな人間だ」と思うようになっていったのです。

目から力が抜けた状態の自分を見て愕然

こうしてクレーム対応の部署へ異動して一年ほどが経過しました。その間も、毎日のようにクレーム関連の怒声を浴び続け、心からは活力が、顔から笑顔が、そして目からは力が抜けていったのです。もっとも、これはもう少し先になってから気付くわけなのですが。

私がこのような状態になったのは、クレーム対応をする人間が二人しかいなかったためです。私ともう一人の人間は上司に当たる人で、基本的に電話は全て私が取って応対をします。どうしてもという場合には代わってもらうのですが、査定や評価を気にしてなかなか実行には移せません。そのため、全国から来るクレーム対応は全て私が担うことになったのです。

こうしてやってきたクレームは、所定の書式にまとめて営業部や技術部、配送部門へと連絡をします。担当する部署へ問題解決を促すためですが、当然その連絡も私がすることになります。しかし、場合によっては「それはクレームじゃない。もっと丁寧に説明をしろ」とか「それはこっちの部署では出来ないから、お前で何とかしろ」と放棄されたりもしました。

クレーム処理部署での仕事で半うつに

これが一層、私を追い詰めていく原因となり、日に日に目から力が抜けていったわけです。これは会社のトイレで、ふと自分の顔を見た時に気が付きました。正直ゾッとしましたね。

キャリアを捨てて異動を懇願した結果

こうして地獄のような一年間が終わったのですが、二年目も異動はありませんでした。その時になり、もう会社へは行きたくない、辞めたいと強く思うようになったのです。さすがにもう一年間をあの部署の中で過ごすことは考えたくなかったですし、下手をしたらさらに延びるかもしれません。それにはもう耐えられなかったのです。

そこで悩みに悩み抜き、最終的には自分自身の身体や心の方が大切だという結論に達したのです。このままでは鬱状態になってしまい、会社へ行くことも出来なくなるかもしれませんから。そして、私はキャリアを捨てて異動を懇願したのです。「無理なら退職します」と付け加えて。

その結果、急転直下で異動が決定し、私はあの地獄のような部署から解放をされたのです。ただし、その後も私のような犠牲者が出ないとも限りません。そこで、人員をもう二名ほど増やすようにしてもらいました。ちなみに、ここに充てる人間は定年退職をした雇用延長のベテラン勢です。あの年齢ならば話の応対も上手いですし、何か問題が起きた際の関連部署への指揮系統も上手く発揮すると思ったからです。

そしてその目論見通り、今もその部署は上手く回っているようです。ユーザーのためにもなっているのでしょうし、最後に貢献ができて本当に良かったと思います。

自分の身体が何より大切

私はもう完全に出世の道は捨てましたので、営業部署への復帰は希望しませんでした。自分の身体や心、そして時間が何より大切だなと思うようになり、今では総務部で働いています。製造部門への安全衛生指導などが主ですが、それ以外でも縁の下の力持ちのような活動をしています。今は本当に楽しく働けていますので、異動を懇願して本当に良かったです。

そしてあれほどまでに執着していたキャリアの道も、今では馬鹿馬鹿しく感じています。何かを捨てる勇気って、本当に大切なことだと思います。

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